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“Word! Hit me again! Word!”(「Word! もう一発! Word!」)

“Word! Hit me again! Word!”(「Word! もう一発! Word!」)

この「Word!」は、僕にはまったく縁のない言葉と文化の領域に足を踏み入れた結果だった。野球帽をちょっと斜めにかぶって、だぼだぼの長いパンツと赤いTシャツを着て、それでちゃんと様になる。だいたい、あれと同じ部類だ。理屈では分かる。たぶん。でも、自分でやっていいものじゃない。

「Hit me again!」のほうは、また別の話だった。無理があるのは承知のうえで、今は亡き偉大な「ゴッドファーザー・オブ・ソウル」、James Brownの魂を呼び込もうとしていた。僕の音楽的ヒーローのひとりだ。Henry RollinsがJames BrownとIggy Popを、アメリカ音楽の両端を支える二つの「ブックエンド」と呼んでいたのを覚えている。だから、音楽の方角を見失っていたわけではない。不慣れなジャンルとリズムの中で手探りしている僕にとって、James Brownは、頼れる馴染みの音楽語彙だった。

とはいえ、録音の中でそれを口にしているのは、僕である。

その録音は「Shiny Gold Button」の最初のデモ。Jeff Fritchが書き、最終的に2022年にNagoya Players Juniorが上演したファミリー・ミュージカル『The Land of Kindness』の一曲だ。

なぜそこで僕が「Word!」と言うことになったのか。その話は、まだパンデミックの真っただ中だった2021年にさかのぼる。

Jeffとは長い付き合いだ。専門的な訓練を受けたダンサーで振付家でもあり、長年タップを教えてきた。創造力とエネルギーの塊のような人だ。2006年と2008年には、タップとギターで一緒にパフォーマンスをした。記憶が確かなら、彼が舞台で踊ったソロのダンスナンバーにも、一、二曲、音楽をつくったはずだ。

そして2021年、突然彼から連絡が来た。いま考えている子ども向けの舞台の音楽をつくってみないか、という話だった。

当時、僕はほとんど家にこもっていた。でもZoomはすっかり生活の一部になっていて、その時点でNagoya Playersのチームとのつながりは、実質的にJeffだけだった。そこでオンラインで会い、彼がつくり上げた世界、「Land of Kindness」の話を聞き始めた。

その世界のどこかに、ぴかぴかの金のボタンがあった。

Jeffはそのボタンの歌が欲しいと言った。歌詞の一部を渡してくれて、ヒップホップっぽい感じにしてほしい、と。

あまり心強い知らせではなかった。

当時の僕とヒップホップの関係は、たぶんショーペンハウアーとレイヴ・パーティーの関係に近い。別世界だ。

でも、やってみると言った。

持ち帰って曲をつくり、数日後、出来たものをMP3にしてJeffにメールした。

気に入った、でもこの舞台に合うかどうかは分からない、と返事が来た。

ありがとう。でも、今回は見送り。

話が面白くなったのは、次のZoomだった。

Jeffは、最初のデモがなぜうまくいかないのか、具体的な話にさっそく入った。そして困ったことに、彼の言うことは全部正しかった。

その最初のデモを公開するつもりはない。

うまくいっていなかった。

本当に、まったく。

問題は、Jeffの説明は理解できても、実際に何をしてほしいのかは、まだよく分からなかったことだ。彼の頭の中にあるリズムが、僕には聴こえなかった。

だから最後には、説明するのをやめてもらった。

「そのリズムを歌ってくれればいい。やってほしい通りに、そのまま。それだけでいい。録音するから」

そして録音した。

この「Shiny Gold Button」のデモで聴こえるリズムは、そのZoomでJeffが僕に歌ってくれたリズムを、そっくりそのまま再現したものだ。

それが手に入った途端、何かがかちっとはまった。

別のノートで、作曲は、何か硬いものに当たるまで地面を掘り続けるように感じることがある、と書いた。一方で、何かが空から手の中に落ちてくるようなときもある。

今回は後者だった。

Jeffにリズムをもらうと、あとは驚くほどすんなり進んだ。ちょうど、ちょっと変わった音を出す、最新のすごそうなプラグインを買ったばかりだった。少なくとも僕には変わった音だった。それを土台のトラックに取り入れ始めた。

Jeffのリズムを正確に再現するために、かなり頑張った。そして難しいからこそ、ものすごく楽しかった。僕がずっと馴染んでいたのは、四つ打ちのストレートなロックだ。ここでは、ろくに話せない音楽の言葉で作業していた。

この録音で聴こえるのは、そういうものだ。

これは、後に子どもたちとスタジオで録音したバージョンではない。ある程度の年齢になったミュージシャンが、新しいリズムをつかもうと暗闇で手探りしている録音だ。自分には、ちょっとかっこよく聴こえた。でも同時に、まったく馴染みのないものでもあった。

それで、MP3をJeffにメールした。

返事はほとんどすぐに来た。

「これはヒットだ! ばっちりだよ!」

その言葉を、ずっと覚えている。

自分は本当はここにいる資格がないんじゃないか。そんな気持ちは、きっと誰もが人生のどこかで経験する。僕にも、自分の居場所ではないと感じる音楽の領域が、ずっとあった。知っていることは知っている。弾けるものは分かっている。そして、ほかの誰かに任せたほうがよさそうなものも、だいたい分かっていた。

Jeffの反応は、その思い込みを疑ってもいいんだと思わせてくれた。

急に何でも書けると思った、という意味ではない。むしろ逆だ。この経験で、自分がどれほど知らないかが、はっきりしたばかりだった。でも、探ってみてもいい。分からないジャンルに足を踏み入れて、聴いて、間違えて、必要ならZoomで誰かにリズムを歌ってもらって、それから自分に何ができるか試してみてもいい。そう思えるようになった。

それが、「Shiny Gold Button」から持ち帰ったもののひとつだ。

この曲の中心にあるリズムは、僕がひとりでコンピューターの前に座って思いついたものではない。Jeffのリズムだ。パンデミックのさなか、彼がZoom越しに歌ってくれた。僕はそれを録音して、再現して、その周りに音楽を組み立てた。

ひとりが、こう言う。

「いや、そうじゃなくて。こう」

そして、もうひとりが耳を傾ける。

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